ストレングスファインダー®「自我」について

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前回、ストレングスファインダーをやってみたときの投稿をしました。

その結果について考えてみることで、自分の行動を自分の資質を生かす方向に舵を取っていくことを考えました。

この振り返りをブログにのせることで、自分の思考の整理を行おうと考えました。

その思考の整理が、ここを見てくれる方の自己分析に少しでも参考になればと思い、記事を書いています。

ストレングスファインダー見返り第一弾は上位5位に入っていませんでしたが、自分にとってもっとも意外だった資質です。実はこの結果について考えはじめたのはこのブログを始める前であり、このブログはこの資質を一つ表に出す練習をしようとして始めたものでもあります。ブログを始めた理由は他にもありますが、大きな理由の一つになっています。

ストレングスファインダー®とは

ストレングスファインダー®とは、米国ギャラップ社の提供している【才能=資質】診断のツールです。

ストレングスファインダー®の結果

やってみた結果はこちら。

私の結果はこんな感じでした。

1.着想

2.親密性

3.回復志向

4.内省

5.慎重さ

6.自我 ←今回はここについて考えてみます。

7.未来志向

8.戦略性

9.学習欲

10.分析思考

まったく自覚がなかった資質「自我」

やってみてほとんどが納得できる資質がでたのですが、ひとつ私にとって意外な資質「自我」が6位という上位に食い込んでいました。

今回はこれについてみていきたいと思います。

「自我」という資質は、他人から見て重要な存在になることを望む資質で、独立心があり、人から認められたいと思っている人にあるそうです。

自覚がない=強みとして生かせていない

この資質は正直なところあまり、自覚がありませんでした。

まず「自分が自我が強い」などという評価は普通あまり認めたくないものですし、私は実際かなり控えめな謙虚な人間のようなふるまいをしていると自分では思っています。

これはどういうことか?そもそも「自我」が強いことがどう強みになるのか、ストレングスファインダー®のレポートを読んでもピンときませんでした。

頑張った結果認められないのが怖い

控えめな人間だと思っている私は、本当に「自我」が低いのか?その部分を再度自分に問う必要がありそうです。冷静に考えてみると、結構私は人に評価されたい人間でしたし、ポジティブな評価に内心ものすごくうれしくなってしまいます。ひねくれているのであまり表情に出ないようにしてしまいますが、、、

控えめにふるまっているのはおそらく、前に出たときに非難されるのが耐えられないからでした。

私にはプライドが高く、自分が作った価値をポジショニングだけで非難されるのが耐えられないところがありました。実際の普通の会社で仕事を行っていると、人間関係の構築力でいろんなことが決定されてしまい。実際のアイデアのパワーでことが進むことは非常に少ないです。

会社組織だと意思決定が何段階も上にお伺いをたてて進んでいきますから、往々にそういうことが発生しますよね。そういうめんどくさいものを受け入れられないのも自我が悪く出てしまったケースかもしれません。

実はかなり承認欲求が高かったという現実

ただ、振り返ってみると、しゃべるのが下手くそなくせにプレゼンなどで、人前に出るのをポジティブに考えていたり、自分が評価されない環境にいつも怒っています。自分の出す成果を正当に評価してほしいと常に不満を感じていたかもしれません。それだけ頑張っているという自負があったのですが、そういうところにも出ています。

普通だと思っていた私の自我やプライドのようなものはかなり高いことに気が付いたのでした。非常に承認欲求の高い自分に気づくことになりました。

でもそれを「強み」としてうまく生かしていかなければこの「自我」の資質はなんだか暴走し自分を追い込んでしまいそうです。

「自我」を前向きにとらえるために

私にはこの「自我」というものを前向きにとらえることが不可欠だと考えました。この目障りな響きの「自我」というものをうまく解釈できるまでは心のつっかえがなかなかとれないと思いました。

そこで自我についていろいろ調べてみました。そのなかでさまざまな気づきがありました。

Significance=「重要感」→「自我」という翻訳

ところでこういう海外発祥のものは、日本語訳の時に完璧にニュアンスを表現できないものです。題材の難しさによりのこのニュアンスの問題は大きくなるといえます。このストレングスファインダー®の扱う抽象的な「資質」という問題も翻訳が難しい部類に入るかもしれません。

大元である英語版のストレングスファインダー®では「自我」「significance」と表現しており、重要性とかそういう意味合いとして設定されているようです、もともとのニュアンスからすると「自我」というのは少し異なるように感じます。自我が強いというのは日本語の字面的にあまり受け入れたくないものですから、上位に来た時わたしのように強い拒否感を感じることが多いのではないかと思います。

重要性は自分自身に感じることも多い(この場合「自我」という言葉で違和感はありません)ですが、他人に感じることも多いです。おそらく「自我」の資質の本質は自己だけでなく他人も含めた人の個性それぞれについて重要性を見出すことができる資質であると解釈できます。

「自我」を自分のなかで再解釈してみた

ストレングスファインダー®の開発者のドン・クリフトン博士も「自我」が上位にあったという話がありますから、ストレングスファインダー®という人のもつそれぞれの個性について強みをとらえようとするツールを開発したこともうなづけることです。

再度いろいろ振り返っているとわたしは他人の気が付いていない素晴らしい点に気が付いたりします。ある人がつらい環境にいてその人自身を犠牲にして、ないがしろにしていると自分を大切にしてくれと望むことがあります。

これは他人に対して「自我=重要性」が現れていると考えられそうです。

そう考えるとこの「自我=重要性」の個性は悪いものではないというのが私のなかですんなりと腹に落ちるのでした。「自我」とは自分を含めた「人」それぞれの深いところに着目する資質であるといえると思います。

その人がつくりだした「功績」や「影響」が誰にも気が付かれずに埋没していってしまう状況が許せないのです。成果には正しい評価が与えられることが本来の姿だと考えています。それは自分に限らず、他人に対しても感じるものです。

「自我」を生かすためのこれからの行動

この厄介な「自我」の資質の頭の整理をすることができました。

「自我」ポジティブな面をとらえ、うまく生かしていきたいと感じます。この自我を生かすには個人が埋没してしまうような環境は適さないことがわかりますね。

今私はそこそこ大きい組織に所属していますが、個人がうまく成果を評価されることは少ないかもしれません。管理職の席にふんぞり返ったおじさんたちがはびこる会社は適さないのかもしれませんね。今後の動きを考えていかないければいけません。

今回はここまでにします。それでは。

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